「最近お水をほしがって、水入れを空にしてしまうくらい飲むようになりました」
日々の外来診察で、「主訴」として頻繁にお聞きする内容です。
ペットの疾患情報がSNSの普及で調べやすくなったこともあり、「糖尿病」「腎(機能)不全」だけでなく、「副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)」といった特殊な病名まで調べた飼い主さんたちが、これら疾患の主な症状である「多飲(多尿)」ではないかと心配して来院されます。一般的にはこのお話をもとに診察を開始し、なるべく具体的な飲水量と以前との違い、その他の症状をお聞きしつつ、血液検査や超音波検査に進んでいきます。
水をたくさん飲むことの中医学的な意味
この、「水をたくさん飲む」「喉がかわいて仕方がないように見える」という「多飲」と呼ばれる症状を持つ子は、中医学の視点からとらえると、どの疾患かにかかわらず、「津液不足」「陰虚」「熱証」などの証に当てはまります。
・身体を正常に維持するための「水(津液)」が足りなくなっている「津液不足」
・身体の陰陽バランスがくずれ、冷ます働きを持つ「陰」が不足する「陰虚」
・様々な要因で体内に発生した「熱」を発散できずに、こもらせてしまう「熱証」
いずれも身体を冷ましたい、あるいは乾いた身体を潤したい、という反応がでて水をほしがるようになります。水を飲んで落ち着く程度なら良いのですが、飲水だけでは身体を潤すことができない状態まで病状が進んでしまった場合は、標準治療だけでは解決しきれなくなります。
このようなときに、漢方薬や鍼灸治療など、さまざまな中医学的アプローチを標準治療にプラスすることを提案しています。漢方の力を借りて、津液をめぐらせ陰液を補うことで「津液不足」や「陰虚」を改善したり、熱を冷まして「熱証」を改善することで、少なくとも「とにかく水を飲みたい」状態を脱するお手伝いをします。水の飲みすぎで吐いたり、下痢してしまいやすい子の対策にもなります。
では、こちらはいかがでしょう?
「水を飲んでほしいのに、あんまり飲んでくれないんです」
診察中の「雑談」でよくお伺いするお話に、「この子に水をもっと飲ませたいのだけど、なかなか飲んでくれなくて…」というものがあります。尿路感染症の予防、熱中症対策、高齢の子の脱水改善…さまざまな理由で、皆さんもかかりつけの獣医さんに「なるべく水分を摂ったほうが良いですよ」と言われた経験がおありかと思いますが、こちらは意外と苦戦されている方が多い印象です。ただ、「主訴」としてお伺いすることはほとんどありません。
水をあまり飲まないことの中医学的な意味
「お水を積極的に飲まない」「ふやかしたドライフードやウエットフードを好まない」子は、中医学的にみると、特定の疾患を持っている・いないにかかわらず、「陽虚」「寒証」「脾気虚」に相当することが多い印象があります。
・陰陽バランスのくずれから、身体を温める働きを持つ「陽」が不足する「陽虚」
・様々な内的・外的要因で、身体が冷えてしまう「寒証」
・五臓のひとつであり、消化や水の代謝をつかさどる「脾」が弱った「脾(気)虚」
これらの証に当てはまる子は、「これ以上身体を冷やしたくないので、水分をあまり摂らない」という反応を示します。尿路感染症など熱性の疾患を持つ子でも、もともと上記の体質を持つ子は水を飲むことに抵抗があるのだと思います。
このようなときにも、漢方薬や鍼灸治療など、さまざまな中医学的アプローチを標準治療にプラスすることが提案できます。漢方の力を借りて、陽や気を補うことで「陽虚」や「脾(気)虚」を改善したり、体を温めることで「寒証」を改善すると、少なくとも「これ以上身体を冷やしたくない」状態を脱するお手伝いをします。風邪を引きやすかったり、普段からあまり元気がないような子の養生にもなります。
体質に合わせた水の飲み方
皆さんのなかには、「冷たい飲み物を飲むとお腹が痛くなるから、真夏でも温かい飲み物や食べ物を選んでいます」という方や、「胃がすぐタプタプしちゃうし、むくみやすいので飲み物をたくさん飲めない」という方が一定数いらっしゃるのではないでしょうか。
動物も同じで、「水を飲むとなんだかおなかが気持ち悪い感じ…あんまり飲みたくないな」と敬遠している子がいるのかもしれません。本来はその子の体質を見極めるために、中医学による四診などが必要なのですが、ひとまずは「水道水を直接入れる」のでなく、「水を少し温めてからあげてみる」ことをおすすめしています。意外と「入れたらすぐに飲みました」「嫌いじゃないみたい」と言われます。ひと手間で試せる方法なので、ペットの飲水に苦労されている方は一度やってみても損はないかと思います。もちろん、中医学の処方で身体の潤いを補うこともご提案しています。
中医学の視点から考えられる改善方法
ちなみに、与えるお水は「きれいな水道水」です。ミネラルウオーターやイオン調整水は、たとえ動物用であっても与え方が難しい場合がありますので、必要な時以外はおすすめしていません。
このほかにも、「器の高さをその子が飲みやすいように調節してみる」「器自体を変えてみる」などの方法がありますが、今回は中医学の視点から考えられる改善方法をお話ししました。
小さな事ですが、皆さんのご参考になれば幸いです。
監修者:いぬねこ病院 アール・ポウ / 齋藤 綾子 先生